マツダの技能伝承を影で支える異色のベンチャー企業がある。
マツダOBで工場作業員だった。 小林健一が一人で立ち上げたフィールイメージ(広島市)だ。 マツダ時代に現場で悪戦苦闘した経験をもとに、「誰でも理解できる映像技術マニュアル」の作成を手掛ける。 マツダで新入社員研修から国家試験対策まで幅広く導入されているほか、他業種や自治体などにも採用が広がっている。 マツダ本社工場(広島市)内の研修室で、今春入社した初々しい新入社員たちが、ある映像に見入っていた。 車体組み立てラインを説明する映像だ。実写に簡単なアニメと文字を組み合わせたもので、工程にあわせて作業のポイントなどを解説する。本社工場で同様の映像マニュアルを14種類採用している。 加工工程では旋盤加工の国家試験もカバーする内容だ。 作成した小林は、「誰でも一日でポイントが分かるよう、とことん視覚に訴えるのが特徴」と話す。 新人たちが目にした車体ラインで自らが味わった挫折が原点にある。
工業高校卒の小林は1992年にマツダに入社すると、すぐに「技能五輪」出場選手養成コースに配属。 県大会でも優勝した。 だがその後に配属された車体ラインで状況は一転。 「またおまえのミスか!」。 毎日のようにポカ(失敗)を出しては怒鳴られる。 ついたアダ名が「ポカ出しワーストワン」。 五輪選抜生のプライドは砕かれた。 仲間の前で涙を見せたこともたびたびという。 そんな時、今も師とあおぐ人物と出会った。
現在、品質本部副本部長の園山雅俊だ。 「白分の目で確かめろ」「〞多分〞は言うな」 指導を受ける際は圓山の机の横で直立不動。 小林も「端から見ればイジメにも見えたようだが、間違ったことは一つもなかった」という厳しい教育は2年間続いた。
転機は02年。 小林は工場での環境認証取得マニュアルの作成を任された。 30枚ほどの資料にまとめて圓山に提出したところ、1目見るなり突き返された。 「こんな小難しい文章を現場の人間が見る気がすると思うか」この時、ひらめいた。 「文章がダメなら動画にしたらどうか」。 趣味のパソコンで早速、作業手順を示すアニメを自作。 現場の職長に見せるとこれはわかりやすい」と好反応。 折しも製造業で団塊世代の定年退職が目前に迫り、技能伝承が問題化していた。 「他社でもニーズがあるのでは」。 そう思った小林は05年に独立を決意した。
最初の受注はあっけなく舞い込んだ。 退職届けを出すと、直後に本社工場長から呼び出しを受けた。 新事業を説明すると「ちょうどええ。技能伝承の教育チームを作るから、ぜひやってくれ」。 この時に、現在も同工場で使用するマニュアルが採用された。
「この仕事はオレがアホやから出来るねん」。 小林はこう言ってはばからない。 工場で失敗しては圓山に怒鳴られる毎日。 その言葉を思い出し「なぜこんな間違いが起こるのか」を自問自答しながら映像を作成する。 「怒られたことが今では仕事のタネになっている」のだ。 小林は発注を受けるとパソコンを片手に顧客の元に飛び込み、まずは自ら作業を身につけるつもりで四苦八苦する。 誰もが疑問に思うだろうことを洗い出すためだ。 近年は自動車以外にも顧客層を広げ始めた。06年に三菱レイヨンが採用。 水質ろ過システムや和紙製造、大学の教材作成など分野は問わない。 価格はケースによるが100万円前後だ。
最近、圓山と飲む機会があった。 「あの時、なんでオレのことを買ってくれたんですか」。 小林の問いに圓山はこう返した。 「おまえは誰よりも真剣に工場を掃除していたから。 現場を大事にするやつはモノになるんや」。
圓山から学んだ愚直に現場を見つめる視線が、たった一人で挑戦した新ビジネスの武器になっている。
2010年4月16日 日経産業新聞